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東京地方裁判所 昭和51年(合わ)225号 判決 1978年5月31日

被告人 宇都美次こと新里良光

昭一八・一・五生 工員

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中、六〇〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、高等学校を卒業後工員などをしているうち、マルクス主義を標榜して労働者階級独裁を目指す共産主義者同盟に加入するに至り、昭和四六年一〇月には右同盟の軍事組織ともいうべき共産同エルゲー(RG)の尾崎力を長とする班に、竹谷俊一と共に所属していた。折りから共産同エルゲーは爆弾を警察施設等に仕掛けて爆発させる闘争を展開していたが、その一環として、同月二二日ころ、同組織から右尾崎に対し、爆弾を東京都板橋区付近の警察官派出所に仕掛けるよう指示がなされ、尾崎は、同日、これを被告人及び前記竹谷に伝えると共に、右三名で自動車に乗り、同区内等を走り回つて適当な派出所を探し、翌二三日夕刻、尾崎が右組織の一員から手製時限爆弾一個(トリニトロトルエン、ピクリン酸ナトリウム、塩素酸ナトリウムを混合した爆薬を長さ約一五センチメートル、外径約五センチメートルの鉄パイプに充填し、さらに、スポイトの中に濃硫酸を入れ、この先に化繊綿を詰めたプラスチツク製の管をつなぎ、その先端に雷汞等の起爆薬を入れたビニール袋を結びつけて、スポイトの頭部先端部分を切除すると濃硫酸が右管を流下・移動し相当時間経過後にこれが起爆薬に達してこれと接触し発火爆発するようにした時限起爆装置を右鉄パイプ内に付属させたもの)を受けとり、そのあと、なお右三名で適当な派出所を物色して回つたすえ、同区栄町三五番三号所在の警視庁板橋警察署養育院前派出所付近にこれを仕掛けることに決めた。このようにして、被告人ら三名は共謀のうえ、治安を妨げ、かつ、人の身体財産を害する目的で、同日(昭和四六年一〇月二三日)午後一〇時三〇分ころ、右養育院前派出所付近において、被告人及び竹谷が右派出所内の様子を偵察して尾崎に合図を送るなどし、尾崎が前記手製爆弾の前記スポイト頭部の先端部分を切除してその時限装置が作動する状態にしたうえ、これを右派出所の北西角から約〇・六メートル離れた道路脇に置き、もつて爆発物を使用したものである。

(証拠)

判示事実は、(中略)を総合してこれを認める。

なお、弁護人は、「被告人らが爆発物を使用したとの事実は立証されていない。ことに本件手製爆弾の起爆装置を構成する、プラスチツク管と濃硫酸入りのスポイト及び同管と起爆薬の入つたビニール袋の各結合に接着剤が使われたため管内の気密が保たれ、濃硫酸が管内を流下移動して起爆薬に達して爆発を生じさせることが不可能であつたのではないかとの合理的疑いの余地があるから、右爆弾は爆発物であるとの証明がなく、被告人は無罪である」と主張しているので以下検討を加える。

一、証人荻原嘉光の供述、同人作成の鑑定書謄本、和田健雄ほか一名作成の鑑定書謄本によると、本件爆弾には、ピクリン酸ナトリウム、塩素酸ナトリウム、トリニトロトルエン合計約九〇グラムをほぼ七対一一対八二の割合で混合した薬品が装填されていたこと、右薬品のうちトリニトロトルエン及びピクリン酸ナトリウムは燃焼反応がきわめて速く、爆轟を起す「爆薬」であり、右三種の薬品を右割合で混合したものに雷管で点火したところ爆発し、同じ量の新桐ダイナマイトを同じ方法で爆発させたときの八三パーセントの爆発力を示したことが認められる。このような薬品を鉄パイプに充填し、その上端をブリキ板で、下端を鉛板でそれぞれ蓋をした本件爆弾本体は、起爆装置が適切に作動するならば爆発しうるものであり(かかる爆発を妨げる要因は本件証拠関係に照らして合理的に推認する限り、右爆弾本体には存しない)、その爆発作用そのものによつて公共の安全を乱し、又は人の身体財産を害するに足りる破壊力を有するものであることが明らかであつて、それだけですでに爆発物取締罰則にいう「爆発物」にあたるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五〇年四月一八日第二小法廷判決刑集二九巻四号四一〇頁参照)。

二、ところで、証人尾崎力及び同竹谷俊一の各供述によれば、本件爆弾を設置した同人らは、同爆弾がその時限装置作動開始後一、二時間で爆発するであろうと予期していたものと認められるのであるが、証人和田健雄及び同小林慶一郎の各供述に関係証拠を総合すれば、右爆弾は判示のとおり右装置が作動する状態で設置されたのに、その後警察官の手で水没処理される迄の十数時間、爆発することなく経過したことが明らかであるから、判示被告人らの設置行為については、それが爆発物を「使用」、すなわち、爆発すべき状態においたといえるか否かの観点からなお検討する必要がある。ところで、本件爆弾本体には前記一のとおり爆発を妨げる要因となるべきものは存しないと認められるから、そのような要因の有無につき本体以外の起爆装置の状況等を吟味しなければならない。

そして前掲証拠によれば、本件起爆装置は、スポイトの中に濃硫酸を入れ、その先に化繊綿を詰めた約二八センチメートルのプラスチツク管をつなぎ、その先端に雷汞等の起爆薬を入れたビニール袋を結びつけたものであつて、右プラスチツク管はこれを彎曲させ楕円の輪の形にして爆弾本体の鉄パイプ内に納め、右鉄パイプの上蓋から右スポイトが頭を出すようにしてあり、その先端を切除することによつて中の濃硫酸がプラスチツク管内に流下し、重力及び毛細管現象によつて管内を移動して相当時間経過後に起爆薬と接触して発火し、爆発に至るよう意図されたものである。このような起爆の方法、時限発火の仕組そのものに不合理な点は見出されない。

三、さて、証拠に照らして可能な限り本件爆弾が不発のまま経過した原因を検討すると、次の諸点を指摘することができる。

(一)  和田健雄作成の照会回答書謄本及び同人の証言によれば、このような装置では、プラスチツク管内の化繊綿の詰め方によつて濃硫酸の流下移動の速度に差を生じ、綿が固く密に詰めてあり、かつ、綿と綿の間に空洞がある場合には右速度がもつとも遅くなること、同人が本件の装置と同一構造の起爆装置を作つて実験したところ、濃硫酸が起爆薬に到達する迄に六時間以上二〇時間以内の長時間を要したものがあることが認められる。したがつて本件爆弾が不発のまま経過したのは、プラスチツク管への綿の詰め方が適切さを欠き、濃硫酸の移動が遅れていたためではないかと考える余地がある。

(二)  証人山下雅道の供述及び同人作成の鑑定書を総合すれば、本件のような装置でプラスチツク管と起爆薬の入つたビニール袋を結びつけるのに接着剤を用いると、管末端部が気密に保たれた状態をつくり出すことができること、このように管末端部が気密状態になつた場合管内の気圧により濃硫酸が継続して管内に移入することが妨げられ得ること、この場合濃硫酸がプラスチツク管の楕円形の輪を下端から上昇していくには毛細管現象によるほかないが、本件のような化繊綿の間を濃硫酸が毛細管上昇しうるのは最大七センチメートルに留まること、したがつて本件プラスチツク管末端部が気密に保たれた状態にあつたとすれば右管(司法警察員小林慶一郎作成の前掲報告書謄本添付写真二四によれば、本件プラスチツク管の輪の下端から上端までの長さは一〇センチメートル以上であることが認められる)を濃硫酸が上昇して起爆薬に達することが不可能な状態にあつたともいえることがそれぞれ認められる(もつとも本件プラスチツク管は内径四ミリメートルの細いもので、その中に化繊綿が詰められるのであるから、管内の気体の体積は微量であり、他方、起爆薬入りのビニール袋は二センチメートルに四センチメートルの大きさのものであるから、これが拡張して濃硫酸の移入により押し出された管内の気体を入れる余地のあつたことも考えられ、その場合には濃硫酸の管内への移入は継続されその自重により管内を移動し続けることも可能となるが、この点は右山下証言の想定しないところである。)。

そして本件発生のころ、共産同エルゲーに所属し同組織のため手製時限爆弾を製作していた[方鳥]沢善郎は、当裁判所の面前で、プラスチツク管と起爆薬入りビニール袋を接着剤で接着した記憶はない(弁護人から提出された同人に対する東京高等裁判所の証人尋問調書写によつてもこの点はあいまいである)が、糸でしばつた上テープで巻いたため管内の気密性を高めたかもしれないと証言している。同人はトリニトロトルエンの入つた爆弾を作成した覚えはないとも証言しているから、本件爆弾が同人の手になるものとは必ずしもいえないのであるが、本件起爆装置のプラスチツク管とビニール袋の結合に糸とビニールテープが使われていたことが司法警察員小林慶一郎作成の前記報告書により明らかであり、このような結合方法によつて管内の気密性が高められ、前記の理由で濃硫酸の流下移動が妨げられて本件爆弾が爆発するに至らなかつた可能性も一応存すると考えられる。

(三)  和田健雄作成の前記回答書謄本によれば、同人の前記実験の際、スポイトとプラスチツク管の結合部分から硫酸が溢出した例が数回みられたことが明らかであり、本件においても同様に濃硫酸が溢出して必要量が装置内に存在せず、したがつて本件爆弾が爆発するに至らなかつた可能性も存するというべきである。

(四)  証人尾崎力は、同人が本件爆弾を、スポイトの頭部先端を切除して設置する際に倒したことがある旨供述しており、当時右爆弾が入つていた靴下(昭和五二年押第二二七六号の六)に数個所かなり大きな穴があり、これは硫酸による浸食のあとと考えうるものである(証人和田健雄の供述)から、尾崎が倒したことによつて本件爆弾の濃硫酸が流出し、そのため(三)同様、これが爆発するに至らなかつたと考える余地がある。

四、以上を総合すれば、三(一)のように、濃硫酸の流下移動が遅れていて、水没処理されなければ本件爆弾はいずれは爆発したかもしれないと考える余地もある反面、三(二)ないし(四)のような要因があつてその爆発が妨げられていたとみるべき可能性も存する。しかしながら、前記二のとおり本件起爆装置の起爆の方法、時限発火の仕組には不合理な点はなく、三(二)ないし(四)の可能性は、いずれも、部品結合方法あるいは爆弾取扱方法の不適切さに基づくものであつて、本件爆弾ないし起爆装置の基本構造上の欠陥によるものではないことは以上述べたところにより明らかである。すなわち本件爆弾は、スポイトの頭部先端部分を切除することによつて爆発を惹き起すべき基本構造を有していたのである。

そして三(二)のようにプラスチツク管と起爆薬の入つたビニール袋の結合にビニールテープを用いた場合はもとより接着剤を用いた場合でも、気密性の程度如何によつてはつねに爆発不能となるわけのものではなく(前記のプラスチツク管から起爆薬入りビニール袋への気体の移入の可能性を考えるとこの点はとくに明らかである)、三(三)、(四)のように濃硫酸が流出しても残存量如何でなお爆発が起り得ることは明らかである(和田健雄作成の前記照会回答書によれば、同人の前記実験で硫酸が溢出しても残存した硫酸が起爆薬のところまで達した例がいくつか認められる)。

また右のように起爆装置中のプラスチツク管内が気密状態にあり、あるいは、硫酸が流出していたとの事情が存したとしても、関係証拠に照らすと、(本件爆弾を前記のように倒した尾崎を含め)被告人ら三名はいずれもこれらの事情を知らず、結局、被告人ら三名は、本件爆弾に関するその全認識内容に基づき同爆弾は本来の用法によつて確実に起爆装置が作動し爆発に至るものと信じていたことが優に認められ、さらに、本件爆弾、ことに起爆装置の構造と、爆発に至らなかつた要因として考えうる右の諸事情の性質に鑑みれば、一般人もまた被告人らと同様の認識を有すべき状況にあつたことがうかがえる。

五、以上の諸事実を前提として考察すれば本件爆弾は、そのスポイト頭部先端部分を切除することにより時限装置を作動させ相当時間経過後に爆発を生じさせる高度の危険性を有するものであつたというべきである。したがつて、被告人らが、本件爆弾をその時限装置を作動する状態にして設置した行為は、爆発物を使用したものと評価しうるのであり(最高裁判所昭和五一年三月一六日第三小法廷判決刑集三〇巻二号二二六頁参照)、被告人らが右行為に際し治安を妨げ、かつ、人の身体を害する目的を有していたことは証拠上明らかであるので、被告人につき爆発物取締罰則一条の罪の成立を認め、判示事実を認定したのである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六〇条に、爆発物取締罰則一条に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し、刑法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役五年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇〇日を右刑に算入する。訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

なお弁護人は「(一)爆発物取締罰則は太政官布告として制定されたもので、議会の関与のもとに成立したものではなく命令としての効力しか有しないから、昭和二二年法律七二号一条により失効した。(二)(1)同罰則は治安妨害目的そのものを罰しようとするもので憲法一四条、一九条に抵触し、(2)同罰則一条の規定は、構成要件が不明確であり、また、その所定刑が不当に重いから憲法三一条に違反しており、同罰則八条、六条の規定も憲法三一条の理念に反する。したがつて同罰則は無効であつて被告人に適用することは許されない」と主張しているが、(一)同罰則は旧憲法七六条一項により法律と同一の効力を認められていたもので、昭和二二年法律七二号一条の「命令」にはあたらず、今日なお法律としての効力を保有していると解すべきである(最高裁判所昭和二四年四月六日大法廷判決刑集三巻四号四五六頁、同裁判所昭和五〇年四月一八日第二小法廷判決刑集二九巻四号四一〇頁参照)。また(二)(1)同罰則は治安妨害目的でなされた所定の行為を処罰の対象とするものであつて、右目的のみを罰しようとするものでないことは規定の文言上明らかであり、何人であれ右の目的で所定の行為をなした者に適用されるのであるから、憲法一九条、一四条に違反するものではない。(2)同罰則一条の規定の文言は、同罰則の趣旨に沿つた合理的解釈によりその適用範囲はおのずから限定されるのであつて決して不明確とはいえず(同裁判所昭和四七年三月九日第一小法廷判決刑集二六巻二号一五一頁参照)、その処罰対象行為の性質からみて、その所定刑が立法機関の裁量の範囲を逸脱する不当に重いものとは到底いえないから、憲法三一条に反するものではない(その余の同条違反の主張は、本件において適用すべき法令の効力に係るものではない。)弁護人の右主張は採用しない。

(公訴棄却の主張に対する判断)

弁護人は、「捜査官憲は、本件とは別の昭和五〇年の爆弾事件を被告人らの犯行によるものと見込み、かつ、マスコミを通じて被告人らが凶悪な過激派であることを印象づける世論操作をするため、被告人に対して違法な別件逮捕勾留を行い、被疑事実との関連のない物を押収し、拷問的取調によつて虚偽の自白を得ようと種々被告人の基本的人権を侵害する行為をしてきたもので、これら一連の捜査機関の活動は刑事手続に名を借りた政治弾圧というべく、かかる過程を経て提起された本件公訴は、公訴権の濫用であり、かつ、違法な捜査活動を基礎としたものであるから無効である」として公訴棄却の判決を求めている。

しかしながら、本件は判示したところからも明らかなようにその罪質、犯行態様においてまことに危険で重大な事案であり、また、被告人には、本件について、逮捕勾留の時点、さらに公訴を提起された時点でそれぞれの処分をするに十分な犯罪の嫌疑があつたことが明らかであつて、被告人に対し違法な別件逮捕勾留がなされたことをうかがわせる事情は存しない。また被告人の居室からの押収物が本件を含む被疑事実との関連を欠いているともいい難い。そして証人岡田照彦、同高橋勇の各供述を総合し、被告人の供述と対比すれば、被告人に対し拷問的取調が行われたものとは認められない。その他、本件に現われた全関係諸事実を考え合わせれば、本件公訴提起及びこれに至る過程が本件事案の追及に名を借りた政治的弾圧の目的に出たものでないことは明らかであり、結局、本件公訴が公訴権の濫用として、ないしは違法な捜査手続を基礎にこれを利用してなされたものとして、無効であるとは到底いうことができない。弁護人の主張は採用しない。

(量刑の理由)

本件は、被告人らが、その所属する共産同エルゲーが展開していた都内各所の警察施設等に爆発物を仕掛けて社会不安を惹き起す闘争の一環として敢行した組織的計画的で危険な犯行であり、地域住民のみならず広く多くの市民に恐怖の念を抱かせた悪質重大な事案である。ところが被告人にはこれらの点につき十分な反省がなされているとは認め難いのであり、以上の諸点を考えると被告人の刑責は重大であるといわなければならない。

しかし他方、本件爆弾はさいわい不発に終つて、人の身体財産等に実害を及ぼすに至らなかつたこと、被告人は組織末端の一員として上部からの指令に従つて行動したもので、本件における役割は比較的小さなものであつたこと、被告人にはさしたる前科がないことなどその有利にしん酌すべき事情も存するので、その他共犯者との刑の権衡等諸般の情状を考え合せ、酌量軽減のうえ主文の刑を量定するのが相当であると判断した。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田光了 永山忠彦 木口信之)

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